卒業ー長男編ー

sotugyo

この春、私たちの長男が支援学校の高等部を卒業しました。
保育園に6年、小学校に6年、その後今の支援学校に入学して
中学部3年、高等部3年。
18年間の学びを終えて、社会に出ます。
重度の知的障害のある自閉症。
その道は平坦であるはずもなく、数々のドラマと伝説を作ってくれました(笑)
手がかかる。
環境の変化に弱い。
息子の母親として、まともに仕事ができるはずもなく…。
かといって、育児に専念…もできず。
常に、時間と体力と心のバランスをキープするのに綱渡り状態でした。
保育園、学童保育、ガイドヘルプ、中学部に入ってからは児童デイサービス。
学校以外の福祉サービス、支援をフル活用することで、どうにかこうにか。
そういう制度があること自体がもちろんありがたく、今の時代でよかったと思わずにはいられません。
しかし、うちは、たまたま。
本当にたまたま、その恩恵にあずかれたのだと。
いくら制度が充実しても、条件が合わなければ利用するのは難しい。
本人と支援者の相性が悪ければ、うまくいかない。
幼いときから、家族外の支援者の方にたくさんかかわっていただいた子育てでした。
その甲斐あって、息子は「支援してもらうこと」が上手に育ちました。
この言い方、少し誤解を生むかもしれませんが…。
人は多かれ少なかれ、自分以外の人に支えられています。
全てを自給自足している人なんてほぼ皆無だし、家族間でも役割がありますよね。
サポートされる量が多いか少ないかの違いだけで、人はみな支援されながら生きています。
自分でできることを増やして、自立を目指すことも大事ですが
いかに「支援されること」を素直に受け入れられるか。
息子の育ちにそれはとても重要なことだと思ってきました。
そんなことを意識するようになったきっかけは、初めてのガイドヘルプを利用する前に、支援者とのお出かけに慣れてほしいと思って始めたサークル活動。
そこにボランティアスタッフとして参加してくれた、成人障害者の支援を職業とされている方からのことばでした。
支援制度が十分ではなかった時代、家族(主に母親)が障害児の世話を一手に引き受けざるをえませんでした。
親が高齢になり、十分な係わりができなくなったときにはじめて他人の手に委ねる。
うまくいくはずもありません。こじれにこじれてしまうケースが多々あるそうです。
支援したいのに、拒絶される。
理解したいのに、寄り添わせてくれない。
支援者にとっても、当事者にとっても、辛い状況です。
「お母さん、今のうちからいっぱい他人の手に委ねてください。支援を受け入れることができるように育ててください。」
そんなことを言われたように記憶しています。
ありがたいことに、その後もたくさんの良縁に恵まれました。

usj

今日は、児童デイサービスのスタッフさんとUSJに出かけてきました。
高3(卒業生)メンバーだけで、卒業記念遠足ということのようです。
いつもより早い時間に迎えに来てくれて、少しでも長い時間楽しもう!と帰りも日没間際まで。
実は、アトラクションが苦手で今日も全く乗れなかったようですが、それでもUSJ好きなんです。
見ているだけで、にこにこ。
キャラクターがたくさん並ぶショップを見たり、アルファベットのロゴを眺めたり、一番嬉しいのは、友達が楽しそうにしてる姿を眺めていることかもしれません。
自分は乗らず、ひたすら見ていたそうです。
それに付き合ってくれるスタッフさんが、ありがたい。今日は寒かったし、なおさらです。
大好きなセサミストリートのマグカップをお土産に買ってもらって、満足げに帰ってきました。
明日から、朝のコーヒーはこれで飲もうか?
中学生ぐらいから、ブラックでホットコーヒーを飲むのが日課です。
さて、高等部卒業という大きな節目。
ここからは、また親子どもども初めての世界です。
児童ではなくなります。
福祉関係の契約も、全て本人の名義になっていきます。
これまで以上に陰からのサポートに回ります。
新たな出会いがこれまで通り、恵まれたものでありますように。
私が住宅設計の仕事をさせてもらえるのも、息子が安定した毎日を送ってくれているから。
そんな生活を支えてくれているたくさんの支援者の方々がいてくれるから。
いいご縁に繋げていくために、できるだけのことをしたい。
そしてまた、穏やかな日々をスタートできるように。

とりとめもない母の日記をご覧いただいてありがとうございました。